月別アーカイブ: 2015年10月

くもり時々晴れ

Posted on 2015/10/31

diary6111

明日が ”文化の日” とか言えば雨とは無縁のイベント日和となるのですが、単なる日曜日ですから油断は出来ません。それでも数日前までは雨がぱらつきそうな予報だったのに、徐々に回復の兆し。

今日のほうが悪天候の予報、それなのに降っていないという事は明日は期待して良さそうですね。というわけで俄に愛車MINIのお手入れを開始。通年ボディーカバーのおかげでろくに汚れてもいませんが、カバーからはみ出していて泥跳ねから逃れられないタイヤとホイールを念入りにクリーニング。久しぶりに手塗りのブラックマジックタイヤワックスを使用しました。あとはボディカバーで多少アタリキズのついたルーフのワックス掛け。

さあ準備は整いました。あとはチケットを忘れるなんてマヌケなことをしないよう今日はしっかり睡眠補給。

忘れないようにメモ

Posted on 2015/10/30

diary6110

記憶力と時間の関係。昨日随分勉強したはずなのに、たった一晩寝ただけで今日には70%くらいしか覚えていません。一夜漬けのテスト勉強ならこれでも良いのかもしれませんが、その記憶を経験値として明日のアイデアに繋げていかなければいけない身としては致命的と捉えたほうが良さそうですね。

人に話すと「そんなのは普通だよ」とか「俺なんかもっと忘れちゃうよ」とか元気付けてもらえますし、せめてもの救いは、”やりたい事をやるのが我が人生!” という点で、仕事も遊びも全てにおいて自分がやりたい事ですから、忘れてしまうのが早い代わりに吸収するのも早いです。好きこそものの…を地でいっていますからね。同じことを何度なぞっても苦ではないです。

ただ、生活環境まで含めた深刻さは自分にしかわからないわけで、反復練習で身に付けようにもただでさえ1日が24時間では足りないと感じているところですから限界はありますね。まだまだ「歳です!」の一言では片付けたくないですし。

話は変わりますが今年の夏に「ここは何かに使えそうだ」とメモがてら撮っておいた写真。用賀にある花屋さんなのですが、現在放送中のテレビドラマのロケ地として使われていますね。なんだか先を越されてしまった気分。

勉強は昔から得意ではないから

Posted on 2015/10/29

diary6109

今日は同業者のところへお邪魔してソフトウェアのお勉強。昨夜寝つきが悪かった事もあり、頭を使うと途端に眠くなります。リポDが効いているのはほんの2時間ほど。帰宅後完全に思考が停止してしまいました。たまには早く寝るとします。

人は自分の気持ちを伝える為に言葉を覚えた

Posted on 2015/10/28

diary6108

先日天体写真を撮っている方々のお話を耳にしてそこで交わされる討論が大変興味深いものでした。

天体写真に限りませんが、デジタル時代になって写真の仕上がりの半分は撮影時のテクニック、残りの半分は撮影後の処理テクニックで決定していて、撮影後の処理は専門家の仕事という印象が強かったフィルム時代を思えば、今は知識さえあれば誰でも自宅のパソコンで操作出来ます。これは、後処理経験者人口が圧倒的に増加した関係で ”意見する人も増えた” という事が言えるかもしれません。良くも悪くもその気になれば皆が同じ土俵で会話する時代です。

天体写真の討論の内容は簡単で、天文雑誌に応募した自分の写真より、他人の写真が上位にランキングされているというもの。そこだけ聞けばきっと他人様の写真はさぞ素晴らしい出来だったのだろうと想像しますが、先に書いた通り現代は仕上げの処理も含めて作品作りという認識を作者自身が持っていますから、途中のプロセスまで含めて評価してほしいという点がここでのポイントでした。例えば片方の作品はバリバリに合成をしていて見栄えが良く、もう片方は一切合成をしていないため派手さは無い。もし自分が合成をしない範囲で最大限の結果を出す事に情熱を注いでいたら、前者の作品は「そりゃ合成すれば簡単だよ」という感想を持つでしょう。

これらの作品を同じ天体写真という枠の中で評価してもらうとなると、一般的には見栄えのする作品の方が目に留まりますし、そこに賞金の掛かった点数を期待するとすれば選者の好みや選考基準に関係してきますから同じ作品でも提出する相手によって結果は変わってくると思いますし、写真は仕上りが全て!というならドキュメンタリーよりCGが勝る事になります。

その時私が感じた率直な感想は、作品に順位を付ける事に意味が無いという結論。順位とまで言わないまでも他人の作品の良し悪しは見る人によって違うという事です。

私は写真展には多く足を運びますが、写真コンテストみたいなものには殆ど行きませんし自分の作品を応募することもありません。写真でも絵画でも、見た人が共感するから言語のように扱われそこに価値を感じるものなのに、どこの誰とも知らない人が「これは良い写真ですから金賞です」と訴えたところで、その作品が自分に影響力があるとは考え難いです。むしろ見た人に「金賞」という点だけが記憶として残り、ああいう作品が撮りたいと真似して同じような作品が増えていく事に違和感を覚えます。

デジタルカメラが普及して、カメラは手に入れたが撮るものが無い...。でも撮る事は大好き! よし!夜の工場地帯を撮りに行こう。よし夜空の星を流して撮ってみよう。よし夏には一面のヒマワリを撮ってみよう。なんだか 「写真雑誌に掲載されている写真」 と同じように撮ってきましたみたいな作品が増えている背景にはそういった事情が関係している気がしてなりません。

これが写真だから同じような画を何度見てもそれなりに見れてしまいますが、日常会話だったら相当飽きてしまいますよね。ああその話なら昨日も一昨日も聞いたよ!みないな。せっかく頑張って英語を習ったのに、いつも教科書通りの会話をしていてもなんら面白くはないはずです。身振り手振りで知らない外国人と会話して、ぎこちないけど会話が成立し相手に想いが届くから喜びがあるわけです。

写真は ”言語” です。

日々の会話に順位とか金賞なんてありません。勿論あの人は話し方が上手い!というのはあるかもしれません。それが俗に言うテクニックなんだと思います。でもそれ以前に大事なのはどんな言葉を使うかではなくどんな会話をするかではないでしょうか?

先日の写真展での一コマ。外人さんが各々興味のあるものに自由に目を通しています。自分にとって価値あるものは自分で決めるものです。一方で子供は何やらディスプレイに夢中。これもまた自分にとって価値のあるものなんでしょう。

写っているというだけで様になる被写体

Posted on 2015/10/27

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こんなふうな写真を集めておけばそのまま自転車雑誌になりそうですね。自分で撮った写真で雑誌を作るなら自転車という被写体は比較的ハードルが低い気がします。

自転車が写っているというだけで写真にアクセントが生まれ見る人の目線をコントロール出来ますし、面が少ないので背景との間に奥行きを作りやすく立体感を表現しやすいです。車のように反射しませんからボディへの写り込みを気にする事なく比較的自由な距離と角度で撮影が出来るのも魅力ですね。これが車だったら大変ですよ。黒い車など撮る時はカメラを構えた自分の姿がボディに反射してしまうので、まずは自分の洋服選びから始めないといけませんし、かなり離れたところから長玉で狙うので手ブレなどもシビアです。自転車はその点凄く気が楽ですね。

曇りでも晴れでも画作りしやすいのもポイントかも。

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気付けばスズムシすらいなくなっていた

Posted on 2015/10/26

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東京は ”丁度良い季節” が終わりを迎えようとしています。つい最近まで長袖では暑いという気がしていたのに今朝はぐっと冷えてきました。寒暖差で風邪をひかないように注意しないといけないです。いつも私は季節の変わり目で体調を崩しますからこの秋は自己管理をしっかりするつもりです。

街を歩いていると1週間ほど前からやたらと ”おかしな格好” をした若者を多く見かけますね。カボチャの帽子でも被っていれば分かりやすいものの、看護婦さんや警官やゾンビのような人ばかりなので、お年寄りが見たら何事かと思いますよね。

今では小学校でもハロウィンを一つの行事として扱うようですし、休日の街中を子供達が手造りの衣装で列になって歩いている姿は微笑ましいですが、一方で学生や大人のコスプレ姿が多いのが気になるところ。むしろ子供より大人のほうが皆で集まって騒いでいるようにも映ったり。近年の成人式のようにイベントは名目だけ...みたいになってしまうのも寂しい気がします。大人は子供向けのお菓子を準備して待っているくらいが美しいですね。

オーダー後1週間で仕上がり

Posted on 2015/10/25

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スプーンやフォークが奇麗に並んだ写真。2年程前に神戸のインテリアショップにディスプレイされていたものを何かのヒントになるかも?と撮っておいたもの。今回はこの中から食器の下に敷くランチョンマットを参考にしました。

少し前に製作したカメラ収納用アンティークキャビネットの棚に敷く布を考えていて、この写真の事を思い出したというわけです。オイルフィニッシュのアンティーク製品は、革製品をそのまま置くと表面のオイル成分を皮が吸い取ってしまい棚にムラが出来てしまうため布か何かを敷くと良いのですが、タオルのようなものを敷くのも見た目がイマイチ。それならランチョンマットスタイルとすればそこそこ格好もつくのではないかと。

先ずは素材探しですが、新宿にある服飾手芸材料専門店okadayaで上の写真を見せ使用素材の絞り込み。恐らく ”麻” だろうとその場で判明。取り扱いフロアーを紹介してもらい言われるがまま行ってみて、編み方や糸の太さの違いにより麻にも様々な種類がある事を知りました。今回はコピー商品を作るつもりではないですが見た目のゴールが最初の写真の雰囲気ですから、使い道と仕上がりの方向性を店員さんに伝え一緒にそれらしい生地を探してもらいました。結果的にそっくりな布の入手に成功。

しかしokadayaさんは生地の販売が専門であり加工をしてくれるわけではありません。入手したテーブルクロスのような巨大な布を希望サイズにカットしてエッジの処理をどうするか? もうokadayaさんに手取り足取り教えてもらい、すぐ近所にある ”ママのリフォーム” なるショップを紹介してもらいました。洋服のリメイクやサイズ直しを専門とするお店で、今回のような特注品にも対応してくれます。まあプロの手に掛かれば四角い布を真っ直ぐ縫うだけですので依頼内容としては入門偏といったところでしょうが、私には出来ませんで。

完成したのが下の写真。寸法も5mm単位で注文可能でドンピシャです。強いて言えば縫い糸の色をもっと艶のあるものでオーダーすればもう少し存在感が出たかな?という気もしますが、こういう用途なら控えめなくらいが丁度良いですかね。

布が加わっただけで無機質で硬いイメージのカメラと、暖かみのあるウッドとの間が上手く馴染んだ気がします。今のところ次の予定はありませんが、布選びちょっとはまってしまいそう。凄く沢山種類があって面白いです。

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一つの段ボール箱から映画が出来た

Posted on 2015/10/24

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15万枚以上の作品を撮り続けながらそれを1枚も公表しなかった写真家。ヴィヴィアンマイヤーというアマチュア写真家を私は今日初めて知りました。それも映画の中で、フィクションともとれるストーリーに引き込まれながら。そう、「事実は小説より奇なり」とはこういう事を言うのかもしれません。

ここからネタバレがありますのでこの映画をこれから見ようと思っている方はご注意ください。

ヴィヴィアンマイヤーを探して」というドキュメンタリー映画があると知って東京都内での上映館を探したところ、渋谷にあるシアター・イメージフォーラムという映画館で見れる事が分かり早速足を運びました。到着してビックリ、1スクリーン64名という超コンパクトサイズ。ポップコーンなんて売っていませんし、男性トイレだって1名しか入れません(女性用は未調査)。しかし都内の映画館でこのタイトルが見られるのは今のところここだけですから、いかにも映画好き!という感じの方が多く集まりました。

ヴィヴィアンマイヤーは実在した写真家。表向きには乳母兼家政婦として働き自ら写真家を名乗る事は無かったと言います。名乗るどころか自分の作品を1枚も公開していなかった。ある少年がオークションで段ボール箱に詰まったネガフィルムを落札したところからストーリーは始まり、それをネットに掲載したところ大反響。少年は彼女を探し出そうとしますが数カ月前にこの世を去っていた...。少年の手によってヴィヴィアンマイヤーは写真家として認知されたのは間違いないがミステリアスな謎も多い。

とまあこんなふうな内容で話は進んでいくわけですが、完全なるドキュメンタリー映画なので話の起承転結に期待するとか、最後はどうなるんだろう?とかそういう展開を楽しむ映画ではなく、ストリートフォトが好きな写真ファンなら響く所が多い気がします。実際の写真も多く登場し確かにどれも素人が撮ったとは思えないような素晴らしい作品でした。日本でも写真集が売っていたら見てみたいですね。このタイトルは今後全国の映画館で順次公開予定だそうです。

11月下旬からは「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」も上映予定。予告編を見ましたがこちらも大変楽しみなタイトルです。近年はドンパチいうような派手な映画より、こういう落ちついた内容が面白いですね。

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最後に使いたいフィルムは?と聞かれたら間違いなくコレ

Posted on 2015/10/23

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Infraredと聞いてピンとくる人は、フィルム時代からの写真ファンか、何らかの監視業務等に携わる人か、怪しげな趣味を持つ人くらいでしょうか。先日新宿ヨドバシカメラでRollei製のInfraredフィルムを見かけました。Infrared(赤外)フィルムはもうどのメーカーも製造していないと決めつけていたのでまだ作っていた事に驚きです。

撮影時は赤外光以外をカットするよう真っ赤な光学フィルターをレンズ先端に装着しますから街で持ち歩いていたら怪しさ満点ですね。その姿のまま夏のビーチにでも出かけようものなら即刻連れていかれますね。

赤外光撮影には露出計は使えませんし、オートフォーカスも使えません。可視光よりも波長が長いため仮にオートフォーカスでいつも通り撮った写真は若干ボケてしまいますから、ジャスピンの位置から赤外指標の目盛分だけフォーカスをずらして撮影します。オートフォーカスレンズにはまずこの赤外指標がありませんね。基本は全てマニュアル操作で写すのが赤外フィルムの醍醐味。

それだけ苦労して撮るのですから、結果が伴わなければ長くは続きません。ご心配無く、赤外フィルムならではの表現力というのがあって、夏の空など写せば驚くほどハイコントラストな仕上がりになります。下の写真はKonicaからInfrared 750が販売されていた頃に撮った写真。コントラストも凄いですけど粒状性も凄いですね。この写真をサンプルとして掲載する為に数年ぶりに収納からフィルムスキャナーを引っ張り出しました。

来年の夏、まだこのフィルムが売っていたらNikon FM2に装填してみるのも良いかも。ただデジタルが普及して、バッテリーが続く限りいくらでも撮り直しが出来るこの時代に、フィルム1本この値段ではなかなか手が出ないのも事実ですね。

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日常を見るという事

Posted on 2015/10/22

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当ブログは以前htmlで作ったホームページスタイルを採用していました。10年以上も続けているといささかデータ量が膨大になりデータベースを用いたブログスタイルに変更しなければ手に負えなくなったという理由から今の仕組みに行きついています。

当時のデザインでは日記コーナーはホームページのごく一部に過ぎず、趣味であったカーライフや写真についてのページをメインとしており、特に写真については年に1度のペースで20~30枚の写真構成によるフォトエッセイを発表していました。3年程で息を切らしてしまいましたが、あるテーマに沿って写真を撮るという事の難しさと大変さを勉強した時期です。

例えば「坂道」なんていうテーマで写真を撮っていた頃は、日常生活の中で偶然出会う坂道をひたすら撮り続けますから、必然的にカメラは常時持ち歩く必要がありましたし、高感度フィルムを詰め込んでおかなければ夕方の坂道を手持ちでは撮れませんでした。そういった経験から ”小さなカメラは正義” という概念が私の中に出来上がったり。

それなりに苦労しただけのことはあり、閲覧してくださった方からは「あのコーナー良かったよね」とか「次はどんなテーマを撮るの?」なんて意見を頂けることもあり、達成感を感じられたのも事実です。

中にはスマートフォンの壁紙に使ってくれている人もいて、さすがに「それほど魅力的な写真だったかな?」と疑問を持ち本人に聞いてみると、そこに書いてあった「文言が良かったんだよ」と言われ閉口した思い出があります。「あのコンサートのMC最高だったよね」と言われたミュージシャンの気分ってこんな感じでしょうか。

プロではないまでも写真経験はそれなりに長い方だと思いますが、最近では撮影の瞬間に何かしらテーマを考えるようになりました。この画ならこんなテーマのエッセイに使うだろうな!みたいな感じで。「坂道」をテーマにしていた頃にこの瞬間に出くわしていたら多分採用していただろうな? そんな事を考えながら撮影した1枚。