清里フォトアートミュージアムへは1週間ほど前に足を運びました。先日リゾナーレ八ヶ岳で見かけたポスターがきっかけとなり、この会場でロバートフランク写真展が開催されている事を知ったから。
空は高く森は深く、東京の美術館とは対照的な環境にひっそりと佇む施設。
入り口に停められたフォルクスワーゲンのクラシックカーはおそらくここを訪れていたお客さんのもの。もしかしたら施設のオーナーさんか? 快く写真を撮らせて頂けた事に感謝です。
展示の内容、それとも立地、それとも知名度、理由はわかりませんがこのミュージアムを訪れるお客さんはそれほど多くなく、貸切とまではいかないまでもこの日は自分のペースでかなりゆったり見る事ができてラッキー。
チケット購入後目の前に現れるロバートフランクのイベント巨大ポスター。受付の方にお願いして手前にあるガラス扉をフルオープンにしてもらい撮影しました。今回の展示エリアの中で唯一撮影が許されたのはこの正面ポスターだけでしたから、せっかく撮るなら納得いくまでじっくりと。
こちらはロバートフランク本人とキュレーターさんとの間でやり取りされた手紙と写真。
写真というのは上手い下手を語るものではなく、言葉に代わる伝達手段として一体何を伝えたかったのか、見るものに何を感じて欲しくて撮ったのかが根本にあるように思います。それはフィルムを使っていた時代でもデジタルの現代でも何ら変わる事なく。
ロバートフランクは ”カメラを手にした詩人” と呼ばれるように写真で詩を語り、今に続く写真の歴史を刻んだ人物。そんな人が書いた手紙が私にも読む事が出来たら写真以外の刺激も楽しめたかもしれません。
ミュージアムの雰囲気は最高です。そしてまたスタッフの方の対応も素晴らしいと感じました。私が写真好きだと気づいたのか館内のあらゆる場所から撮影することを許可してくださいました。誠にありがとうございます。
吹き抜けの天井からは青い空を見る事ができました。そこへ続く壁が黄色く配色されているのは青の補色を意識してのことでしょうか?
展示作品を一通り見終わった頃、外からは僅かにゴーっという強い雨の音が聞こえてきました。今年は全国的にゲリラ豪雨が襲いかかってきますがそれは八ヶ岳の麓である清里でも変わりはなかったようです。
ただサービスコーヒーを飲む15分程度の間に窓の外は明るくなり、それまでの雨はどこへ行ったのか? と思うほどに天気は回復。中庭に続くドアを開けていただき一歩外に踏み出せば大変美しい緑の隙間から太陽の光が差し込んできました。
鳥の声と、木々の葉から落ちる水の音が聞こえる空間。救急車や消防車の音で目覚める東京とのギャップに感動すら覚えます。
清里フォトアートミュージアムではヤングポートフォリオと呼ばれる若い写真家の作品を後世に残す活動が行われています。ロビーにはそれらの作品をはじめ著名な写真家さんの写真集が所狭しと展示されており自由に手に取って見る事ができます。
時間の関係で全ての作品に目を通すようなことは出来ませんが、こうして背表紙のタイトルを見ているだけでも非常にキャッチーなワードが並んでいてワクワクしてきます。
よくある書店の写真雑誌コーナーのように「最新デジタルカメラカタログ」とか「ミラーレス一眼使いこなしガイド」とか「フォトコン入賞への近道」とか、技術やスペックを語る内容ではなく、写真と向き合う事に喜びを感じたり、向き合い方そのものを考え直したりするようなタイトルが多いのは美術館ならでは。こういう書店があったら毎日でも通いたくなりますね。
ロバートフランク写真展の内容は冒頭にも書いた通り写真に撮ることは出来ませんが、展示作品に添えられていたワードを引用する形で紹介するなら、
「私の写真を見た人には、詩の中の一行をもう一度読み返したくなる時のような気持ちになってほしい。2,3枚でも良い写真が撮れれば幸せな気持ちになる。とても良い写真をしょっちゅう撮れる人はいない」
こんなふうな心に残る言葉が残されていたのが印象的でした。撮り手ならこの言葉の意味は痛いほど分かると思いますしそこを目指したいとも思う。「綺麗だね」と言われて通り過ぎる写真ではなく何度か見ているうちに意味が伝わる写真の方がよっぽど魅力的。そんなことを再認識した写真展でした。
ちなみにミュージアムへ続く道。帰り際に撮ったため車はこちらを向いていますがミュージアムはこの道路の奥の方。まさかこの先に美術館があるなんて誰も思わないですよね。












