想像してみる

Posted on 2018/04/25

「あ、私。今日は仕事でちょっと遅くなりそうなの。悪いんだけどキッチンの修理が来たら対応しておいてくれない?...え、今?今はちょっと外出中でこれから取引先の人とミーティングなの...」

「ねぇ〜、見てこの髪、昨日からシャンプー変えたの。ほらサラサラでしょ? あ、まだちょっと濡れてたかしら。ねぇキャサリンいつまで電話しているの?早くしないと私たちご飯食べに行っちゃうわよ」

「あぁ綺麗だよ、君はいつだって最高さ。ちょっとそっちに座ってみてくれる? ここはちょうど柱が邪魔になるんだ」

「おいお前! さっきは俺の女によくも手を出してくれたな。しらばっくれてもダメだぞ、帽子とメガネで変装しようたって俺は騙されねぇ。」

「いやぁ、僕じゃないよ人違いだろ。僕はたださっき向こうですれ違った男に少しの間ここに立っててくれって頼まれただけなんだ。第一そんな女の子なんて知らないし僕には妻も子供もいる」

「いや間違いねぇ、この目でちゃんと見たんだ。さあどう落とし前つけてくれるんだ? 金を払うかここから飛び降りるか二つに一つだ」

みたいなやりとりが聞こえて来そう。

まもなく15年目のベルが鳴る

Posted on 2018/04/24

その日の出来事だけでなくたまには告知なんぞを。

早いもので当ブログも6月でまる15周年を迎える事となりました。2003年に開始して以来15年間1日も休むことなく、5,400ポスト以上の投稿、8,300枚以上の写真を掲載してきました。始めた当時はまだ世の中にブログという仕組みがありませんでしたからHTMLを駆使した手作り感溢れるサイト、今見返してみるとさすがに褒められたデザインではありませんが書き綴られた日々の出来事は今と比較しても全く見劣りしない事に驚きます。やはりその日の自分を何かしらの形にして残しておくって良いものだなぁと。

そんなわけで15年目の節目となる今年、当ブログは大幅なリニューアルを行う事にしました。これまで以上に写真が楽しめるサイト、そんなのを目指しています。

色のイメージ

Posted on 2018/04/23

暑いのか寒いのかはっきりしない日が続きます...こんな書き出しが全然マッチしない今年の春。昨日は夏の暑さだったのに今日は10℃近くも気温が下がり、快適には違いありませんがこの繰り返しで体調を崩しゴールデンウィークあたりで風邪がピークを迎えたりしますから気の抜けないシーズンです。

街を歩く人達の服装も実に様々です。4月といえば社会人の多くがスプリングコートを腕に掛け幾分早足で歩いているイメージがあったのですが、今年はコートやパーカーを羽織っている人の横を半袖で歩くサラリーマンがいたりして、季節が不安定なら人間のほうも対策が定まっていない感じ。ただ一つ言えるのは、肌寒いシーズンから夏にかけてどういうわけか白い洋服やバッグなどのアイテムが季節感を象徴して見えるという事。

勿論ピンクやグリーンを見れば春に直結するのは当然ですが、白って色ではないというか無彩色ですから季節感が限定されないようなポジションでいられるはずなのに、秋とか冬っていうイメージは薄いですよね。雪景色の白とはまた違って身に付けるものの白は春から夏です。逆に黒は冬って感じですね。

多くの色は直感的な印象だけで季節感を表現しますが、白と黒だけは太陽光から受ける温度の関係で季節を表している点が面白いところです。

外人さんが教えてくれている事

Posted on 2018/04/22

秋葉原のヨドバシカメラまで買い物に。でも結果的には新宿のヨドバシカメラで購入する事になりました。やははり私的にヨドバシは新宿西口本店が一番買い物がしやすく希望するものも手に入る気がしています。フロア的には秋葉原のほうが圧倒的に大きいですけどね、そこを利用するお客さんが多すぎたり陳列のセンスだったり店員さんの配置などトータルで見た場合やはり新宿だなと。

でもせっかく秋葉原まで足を伸ばしたのでおなじみの歩行者天国の中を少し歩いてみました。昔なら電気屋さん巡りでもしたでしょうが、近年は日本を訪れる外人さんを見ていたほうが面白かったりして。

仮にここが日本以外の外国だとして日本人が観光客として訪れたとしたら、多分殆どの人が記念写真を撮ったり有名観光スポット巡りに集中すると思いますが、外人さんが日本を訪れた場合、観光は大前提として自身がこの国を楽しむようにのびのびと来日している点が特徴。今日なんて歩行者天国の真ん中で飛んだり跳ねたりしている人も見かけました。空中を舞っている彼らの姿は実に楽しそうでした。

日本人もこれくらい開放的になれたら良いと思いますが、逆にそうでないところこそが海外から見た日本人の良さでもあるような気がして、自分たちの事は外人さんに教えてもらっている...それが近年は外人さんが多く日本を訪れている事で実感出来ているんだなぁとそんな事を感じました。

日本から海外へ旅行に行ってカルチャーショックを受けた...なんて話を聞きますが、日本にいて海外から来た外人さんを見て同じような事を感じる...考えてみたらすごく当たり前の事でした。

レバーが新品になった

Posted on 2018/04/21

ゴールデンウィークに予定しているトレンクルロングライドに向けて愛車のメンテナンスに取り掛かりました。メンテナンスと言ってもそれほど大げさなことをする必要もないのですが、唯一最近気になっていたのが、寒くなると動きがぎこちなくなるシフター。これからの季節はほぼ心配はないとはいえ長距離走行の前ですから転ばぬ先の杖で対策しておくのが吉ですね。

駆動系はSHIMANO製Capreoコンポーネントで固めている私のトレンクル。シングルスピードだったリアを多段化したのはもう10年以上前だからして、愛用しているのはCapreoでも最新モデルではなく世代遅れとなった700シリーズ。ボタンを押してシフトアップ、レバーを押してシフトダウンの操作は半日くらいなら快適なオペレーション、1日繰り返すと右手親指のつけ根が筋肉痛になります。これが1年程前からシフトダウンは問題ないもののレバーを押してもシフトアップの動作にならず ”空振り” する現象が発生するようになっていました。

使用頻度を考えてみると、ストップアンドゴーが繰り返されるたびにローギアからハイギアまで7速を往復すれば1回につき6シフト×1往復=12回操作している事になります。半日ほどのお出かけをして街中で信号待ちなど100回のストップアンドゴーがあれば12シフト×100回で1,200回。月に2回のポタリングをすれば年間だと1,200回×2×12ヶ月=28,800回。多段化して12年が経過しましたから28,800回×12年=345,600回。驚く事に私はこれまでこのボタンもしくはレバーを34万回以上も操作してきた事になります。実際は坂道や平地ライドでも頻繁にシフトを行いますからもっと値は大きくなるはずで、それだけ使ってくればそりゃ壊れるよね...という感想。

そんな理由から、実はもう半年以上前に同型の新品シフターを購入しパーツとしてストックしてありました。シフター選びは多分リアディレーラーとの組み合わせでマッチングが決まってくると思われ、愛車トレンクルのリアディレーラーであるCapreo RD-F700-SSの適合シフターは当然の事ながら同コンポーネントのSL-F700。

噂ではRD-F700-SSディレーラーに現行機種のSL-F800シフターの組み合わせでも大丈夫との情報は得ていますが、SL-F700が入手可能なうちは規格通りのモノを使いたいというのが私の考え。勿論800シリーズにモデルチェンジ後に型落ち700の新品を入手するのは容易ではなく半年前にネットオークションに出品されたものを落札しておいたというのがここまでの経緯。

同モデルなら交換作業は簡単かと思いきや実際に取りかかってみて直面したのはハンドル周りのバラシ作業。ネジを緩めてハンドルに被せれば取り付け完了!という先入観は、パーツをよく観察した時点で構造的に見事に裏切られたわけで。どう見てもハンドルバーエンドからスライドしてはめ込むしか術が無く、おのずとハンドルグリップとブレーキレバーの脱着を余儀なくされ、こんな時ばかりは硬化ぎみなスポンジグリップの扱いにくさを実感します。新品グリップに交換するなら古いものはカッターナイフで簡単に切れるのですが今回は再利用を考えダメージを残さずにバーから抜き取るテクニックが必要でした。必要だったのはミリ単位でスライドさせるという根気だけですけど。

ハンドル周りがバラせればそれ以降の取り付けは簡単。ハイギアに合せてシフト位置を調整すればあっという間に出来上がり。見た目も動作も新品の感触。

組み上げ後は試運転を兼ね多摩湖まで往復40kmのポタリングに行ってきました。操作フィーリングはこれまでと全く変わりませんが、古いもので発生していたシフトアップ時の空振り動作は皆無で実に快適。あとは駆動系の清掃をして本番に突入でしょうかね。スリックタイヤの減り具合が少し気になるところですが、あと200kmくらいは大丈夫だろうという根拠の無い判断で今日は交換しませんでした。一応2本の新品タイヤをストックしてあります。

主役になれなかっただけ

Posted on 2018/04/20

頭上には覆いかぶさるように立派で沢山の桜が花をつけるこの一帯。シーズン中はサラリーマンやOLがお花見がてら昼食をとる姿が印象的です。高級マンションの中庭を兼ねるエリアではあるものの、どちらかと言えばオフィスビルの狭間に位置する癒し空間という存在だからして逆に昼食以外にこの付近で足を止める人のほうが稀。

故に、足元ライトの狭い空間で寒さに耐えながら人知れず緑濃く成長していた植物のシルエットが、桜のそれよりも美しく見える時間帯があることを多くの人はまだ知らないでしょう。毎年これを見るのが楽しみな通勤路。

脳ミソの使いすぎに注意

Posted on 2018/04/19

冬に開催された平昌オリンピックのように海外で行われるイベントのテレビ放送を見ていると各国に対応する同時通訳の音声を耳にすることがあります。DVDやBlu-rayのようにパッケージ販売メディアならともかく、ライブコンテンツをリアルタイムで通訳するという人間離れした能力には感心させられるばかりです。

放送分野に限らず国内で開催される海外企業のイベントなどでも会場に同時通訳の方が付く事がありますが、あれって基本的に通訳担当者は2名体制なんですよね。2人で同時に翻訳するという意味ではなく、あくまで1名が翻訳をするのですが、恐らく脳ミソをフル活用する関係で長時間は集中力が持続しないのでしょうね。時間やセッションを区切って2名がスイッチしながら翻訳するのが定番のようです。

さて、そんなことを偉そうに書いている私の英語力はと言えば、ペットの鳴き声よりは理解できるという程度のものですから人と会話が出来るレベルに達していないわけですが、実は似たような脳ミソの使い方というのは人に何かを説明するような時にも発生している気がしています。

仕事柄大勢の前で映像技術に関する説明をすることの多い私、緊張とか、トラブルで舞い上がるみたいな事にはいつしか鈍感になって10人でも100人でも1,000人の前でもお友達と会話するように話せますが、その代わり日常的には使わないような脳ミソをフル回転させているんでしょうね。その晩は体は元気なのに頭だけがぐったりして思考が停止します。

人前で話すセミナーなどは不特定多数の人が参加するので、集まった人のスキルや知識、使用している機材やその人の置かれた環境は様々、相手の反応を伺いながら私自身の経験と照らし合わせ言葉や説明内容を選びながら話します。自分が伝えようとしている内容と相手が次に何を期待しているのかを同時に考えながら進行する行為は、たぶん英語の同時通訳に近いような気がします。

最近になってそれを感じるようになったのは、昔に比べて映像業界も数学的な要素が増えてきて難しくなったからでしょうね。人との会話をスムーズにするコツは難しいものを難しく感じさせないように話すことだと思っていて、それって簡単なようで案外難しいです。専門用語を使わずに専門性を伝えるって言葉のチョイスがモノを言いますよね。

そんなわけで今朝は昨日のセミナーで頭を使い、目覚めが悪く仕事に遅刻した...そんな話です。

これからの常識とは何なのか

Posted on 2018/04/18

出来る事なら2泊3日とか、せめて1泊2日で行きたい国内出張。今日はすごく久しぶりに朝から名古屋まで出かけておりました。

近ごろでは沖縄だって日帰りだったりしますから名古屋あたりで前泊や後泊というのは特別な理由でもない限り考えにくいのはどこの会社も一緒でしょうね。まあフリーランスというのはある程度自由度は高いのですが、とは言え翌日のスケジュールを考えるとなかなか理想ばかりで事は進みません。

新幹線が出来た事で大阪出張も日帰りになった...なんて話は ”進化の副作用” を表す代表的な比喩みたいに語られますが、技術の進歩というのはいつだって物事の常識を塗り替えていくところがあって、新幹線が無かった頃なら東京にいて名古屋出張といえば宿泊前提で語られたところ、今そんな話をすれば「え、何で泊りなの?」と疑問を持たれてしまいますよね。

実は先日東京ビッグサイトで開催されていた ”先端デジタル テクノロジー展” に足を運んだのですが、そこで見た光景は多くの人がヘッドマウントディスプレイを頭に被りバーチャルな世界の疑似体験をしていたり、ディスプレイで出来た部屋の中で光の中に身を置いていたり、空中に現れた光のボタンを押す未来のATMが展示されていたりしました。確かにどのブースも先端テクノロジーを形にした展示である事は間違いないのですが、見方を変えるとその空間は異様な光景であり、ついに人間は実在しないものをさも実在するかのように錯覚しながらそれを正当進化として受け入れようとしている...そんな感想を持ちました。これまで長い時間をかけて人間という生き物が進化してきた過程の中で「無いものを有る」と判断しようとしている事実は、進む方向を間違えているんじゃないかと不安にもなりました。

「無いものが有る」「有るものが無い」そのどちらもがまかり通るようになり、やがてそれが常識となった時、人は何を正として受け止めれば良いのか分からなくなりそうです。

今さらながら自らの単調さを知る

Posted on 2018/04/17

必要に迫られて過去に撮りためた写真を整理する時間を作りました。当時の現像具合がいまいちなものは調整をし直したりして結構な時間がかかりました。今日の写真は昨年の北海道。天気には恵まれませんでしたから今日の東京みたいですが、地上の感じがやはり広い大地ならではですね。

昨年清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入したSony α7RIIも明日で1年が経過します。ファイルネームに記録された連番の数値は丁度1万枚を超えたところですから、私は年間1万枚ほどの撮影をするという事が分かりやすく表れた感じです。実際はFUJIFILMのX100Sも使っていますからもう少し増える傾向ですけれど。

でも今日改めてここ数年の写真を遡って見返してみたところ、季節が巡るのと同期するように私の行動パターンは単調でおのずと毎年似たようなものを繰り返し撮っており、つまりはこのブログの1年前や2年前を見ていれば今年の私の行動も見えくるという...単純明快な生活を送っている事が分かりました。それはそれで良いんですけどね。今年はもう少し変化をつけてみたい!そんな気持ちになりましたね。

春ですから

Posted on 2018/04/16

春になると街の書店にはいつも以上にボタニカルな本が目に付くようになります。本当は季節に関係なく年中こういった本は在庫しているのだと思いますが、この季節になるとフラワーショップの勢いと存在感が刺激となり、必然的に目に留まるようになるのだと思います。

実は花に限った事ではないのですが、アクアリウムショップに行って水草を見るにしても、やはりこの時期というのは明らかに品質が良く勢いのあるものがストックされていて、人工的に何でも作れてしまうような現代においてもまだまだ季節の中の自然までをコントロール出来ているわけではない事を思い知らされます。

自宅にいくつかガラス容器が余っているのでエアプランツか苔で何かアレンジしてみようと検討中。