機械と人の関係

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いつまでも若いつもりでおりますが、私も世間から見たら既に古い部類の人間なのかも知れません。

地上波デジタル放送への切り換えまで後一月半だというのに未だ湾曲したブラウン管テレビを大事に使っていますし、乗っている車だって窓ガラスはクルクル手回し、集中ドアロックなどありませんから全てのドアにキーを突っ込んで施錠します。デジタルカメラを使いつつもそこに求めるのはフィルム画質マニュアル操作。出来れば布幕シャッターの音が良いなぁなんて思ったり。

どれをとっても人が作った機械であり、道具として存在する、目的を持った仕掛けそのものに価値を感じます。アナログテレビ放送が終了する瞬間を見られるなんてこの時代を生きた実感が湧くというものです。

「クロック周波数が上がって処理能力が向上しました」そんな言葉が日常的に使われる現代ではありますが、私達が心の何処かで求めているのはそういうミクロな話ではなくて、言葉では表現し難いようなもっと感覚的なもののような気がします。

仮にそれがカメラなら、アナログからデジタルに変わってもファインダー越しに見る景色は今も昔も変わらないのですから。

 

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