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1日5分、その日の自分を振り返る時間を作りなさい。
    昔そんな話をお坊さんから聞いた。

思いつきで奈良を旅する(5)

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All Photo by inos

「1日5分、その日の自分を振り返る時間を作りなさい」このブログのサブタイトルになっているこの言葉は、今から28年前このお寺で頂いたものです。今回奈良まで行こうと決めた最大の目的は、当時その言葉を残してくれたお坊さんに会いに行こう...そう考えたからに他なりません。奈良 薬師寺。

私が中学生だった頃奈良京都と言えば修学旅行の定番で、中身は著名なお寺巡りと相場が決まっていましたから、そこに大して興味を示さない学生からすれば法隆寺も唐招提寺も東大寺もさほど違いは見出せず、考えた事と言えば与えられたお小遣いで土産は何を買おうか...それくらいの事だったと思います。そんな中でここ薬師寺だけは別格で、田舎から出てきた修学旅行の学生に面白おかしく興味を引くように、それでいて大切な事はちゃんと心に残るように、こんな私にも分かりやすく説法を聞かせてくれたお坊さんがいました。

当時学校で放送委員を勤めていた私と友人はカセットデンスケを持っていき、失礼ながらお坊さんにマイクを向けその説法を録音させてもらっており今でも手元には当時録音したカセットテープが残っています。時は流れ世はデジタル時代へと移り変わりそのカセットテープも聞く術を失ってしまったため、私は数年前にそれをデジタルデータへと変換し今はiPhoneの中に28年分の想いを封じ込め持ち歩いています。

何かに躓きそうになった時や気持ちが不安定になった時は決まってその音源に助けられ今に繋がっています。そして28年の時を経て、今再びこのお寺を訪れてみようと考えました。

 

JR奈良駅からバスに乗りたどり着いた最寄りのバス停からそのまま薬師寺へ向かうと北受付から入ってしまう事になるため、私は敷地外周をぐるっと回り込むようにして南門から入りました。これも当時のお坊さんが教えてくれた事。南大門が正面なんですよって。

上の写真を初めて見る人には「景観ぶち壊しの大きな建物が建っている」と思われるかも知れません。丁度マレーシアのマーライオンとか札幌時計台みたいに周囲の環境のほうが目立っているようで。しかし薬師寺のこれは少し事情が違っていて、2つの綺麗な塔からなる珍しいお寺で有名な薬師寺、その昔の火事から唯一逃れられたのが東の塔 ”東塔” でしたが、今では老朽化がかなり進んでおり更にシロアリ被害によるダメージが深刻との事で約10年前から修復工事を行っているのだとか。

ちなみに東塔より後に建てられた見た目の綺麗な西塔は4年で新築されたらしいですが、東塔は10年経ってもまだこの状態で予定では平成32年、東京オリンピックが始まる頃にようやく完成するらしいです。新しく建てるより古いものを直すほうが遥かに大変なんだとそんな話が聞けました。Youtubeの動画にもなっていますがこの修復工事、建っているものの外観を綺麗にしているのではなく、一旦バラバラに解体し修復が必要な部品を新しい材で作り直し再度1から組み立てるらしいのです。昔の建物は釘や接着剤が使われているわけではなく木組みだけで建てられているので何度でもバラしたり組んだり出来るのだとか...。

   

私にとってはある意味 ”聖地” のようなこの薬師寺。特別な感情で足を踏み入れたのは間違いないですが、気がつけば門をくぐってから2時間半が経過しておりました。普通なら順路通りに進んで出口へ向かうところ私はそれを2周していますからね。説明が書かれているパネルには全て目を通し、描かれている紋様は右から左から可能であれば後ろからも眺めて見て...。28年前にお坊さんに教えてもらった話の意味がここでようやく繋がっていく...それが嬉しかったのです。今となっては暗記するくらい聞いた説法ですが、当時の中学生にとってはお寺に描かれている紋様の由来など意味が分からなかったですからね。私もようやくそれが分かる歳になったという事です。

そして驚く事に、しぶとく金堂の中を見ていたおかげで偶然私の耳に飛び込んできたのは「11時からお坊さんの法話が始まります」の声。なんと28年ぶりにここでまた法話が聞ける事になったのです。ちょっと泣きそうでした。

定員80名とされていましたが私は2番目に特等席を陣取って10分ほど前からまだかまだかと始まりを待ちました。その時の感情ときたらもう熱狂的なファンが有名アーティストのライブに始めて行った時のよう。やがて堂内に響く大きな声で薬師寺伝統の法話が始まりました。

「日本で一番高い塔は何ですか?」と質問すると「スカイツリー」と返ってくるのが現代の傾向だそうです。28年前の記憶と記録では東京タワーだったんですけどね。いずれもそれは電波塔、お釈迦様のお墓ではありません。

そう、”塔” という言葉は元々お墓を表すもの。土や草が合わさり返るところ...それが ”塔” という漢字なんだそうです。昔は車や電車は無かった、だから遠くからでもお参りが出来るようにお墓である塔を高く作る必要があった。そんな具合に相変わらず分かりやすく楽しげでそれでいて心にしみる話が続きました。終わってみればあっという間の30分。ただ一つだけ当時の記憶と違っていたのは、その話を聞かせてくれた声でした。

この時初めて私は現実を受け入れる事になりました。28年前というとこの薬師寺には分かりやすい法話により「話の面白いお坊さん」、「究極の語りのエンタテイナー」とも呼ばれた薬師寺元管主の高田好胤(たかだこういん)さんが現役だったらしいのです。恐らく当時私が聞いたあの話は時代的にその高田好胤さんだったのだろうと。そしてもう現代にその声を聞く事は出来ない事を知ったのです。Wikipediaによると高田好胤さんの話を聞いた修学旅行生は600万人を超えると言われています。そうやって仏法の種をまき、大企業の寄付を募る事なくボロボロだった薬師寺を今の状態にまで建て直した人。私の記憶からはこれからも消える事はありません。

平成15年に完成されたと言われる大講堂。私としても今回が始めて見る景色という事。確かに記憶のどこにもこの姿はありません。新しく出来た大講堂と28年前の記憶と変わらない西塔、そして古すぎて現状維持のため工事中の東塔、先代の意思を引き継いで今も修学旅行生に歴史を伝えるお坊さん、歳を重ねた私。

なんだかとても複雑な時間が流れていました。そしてこれだけ大きなお寺なのにこのまばらな人、奈良は交通の便が悪いという理由だけで京都の1/10程度しか観光客が訪れないと言われています。何度もの火事からここを守ってきた人達の気持ちを後世に残していくために今私たちが出来る事は何でしょうか。

中学生の頃聞いた高田好胤さんは私より遥かに年上の方、今回法話を聞かせてくれたのは恐らく私と同い年くらい、そして次私がここを訪れる時、多分その時は私より若いお坊さんが話を聞かせてくれるのでしょうね。そんな日が来る事を願いつつ私はこの日本一綺麗な三重塔をしっかりと目に焼き付けながらその場を離れる事にしました。

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