Simply mini J

1日5分、その日の自分を振り返る時間を作りなさい。
    昔そんな話をお坊さんから聞いた。

山陰短期集中観光(3)

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All Photo by inos

植田正治写真美術館の中でもお客さんがカメラ片手に足を止め、絶えず人が集中するポイントがあります。時には順番待ちをする事も。

この日は比較的空いている時間帯だったため皆贅沢にその場を占有していましたね。私も館内を見て回ってはここへ戻り、次はミュージアムショップを見てからここへ戻り...の繰り返しでした。実際そこに何があるのかというと...。

はい。このようにガラスに帽子のシルエットがプリントされているのです。こんな演出が似合うのはチャップリンと植田正治さんくらいのものですね。そしてそこには風船やステッキが小道具として準備されていますから皆思い思いの創作写真が撮れるというわけです。「インスタ映え」なんて言葉が使われるようになってからこの場所は一層人気になったんじゃないかと思います。

この日のように外の天気が曇りなら背景が白っぽく明るいですからシルエットが一層引き立つ上の写真のような演出がドンピシャですね。お友達と一緒に交代しながら皆楽し気です。本物の帽子を持っている人が紛れ込んだらもっと面白くなるかも。

そしてこの日私が何度もこのスポットを確認していたのはこのためでした。晴れた日(この日は運良く雲が切れた瞬間)には鳥取を代表する富士山そっくりな山 ”大山” がちょうど建物の間に姿を現し、撮り方次第では大山が帽子を被ったかのような写真が撮れるのです。少し風があったため逆さ富士のような水面への反射は中途半端になってしまいましたが、建物の2階に位置するこの場所に池のような水辺が準備されているのも完全に計算されているのでしょう。

昨日の日記にも書きましたが、この近未来的なコンクリートの巨大な建物がなぜ田園風景の真ん中に建てられたのか、理由はこの ”大山” を正面に見られることを条件にしたと言われています。だから「向こうのほうに大山が見えますよ~」ではなく大山に向かって建築の角度まで緻密に計算された立地! このポイントであれば建物は完全なるシンメトリーで、水面への反射さえ計算され帽子のオブジェ付き!

こうして少しずつ分かってくるわけです、この施設の存在意義が。ただ写真が展示される美術館ではないことが。

色んな人が次々やってきて創意工夫しながら、立ったりしゃがんだり、縦アングルに横アングル、友達を立たせてみたり空画を撮ってみたり、帽子のシルエット一つで本気になる!。 写真家植田正治さんが伝えたかったものってそういう事なのかなぁと、作品以外からも感じられた気がしました。

そうか写真ってシャッターを押すだけじゃないんだ! そんな事に気づいた人も多いんじゃないかと思いますね。

「次の映像展示室の上映は間もなくです」そんな案内を受付で聞いておりました。写真展で映像を上映するというのはよくある事です。その写真作家さんの生い立ちビデオが流されることが多いですから今回もきっとそうだろうと半ば「見れたら見る」くらいの気持ちでした。まあでも運良く上映時間にはドンピシャですし足早に映像展示室へ...。

ところがそこでの演出には驚かされてしまいました。確かに植田正治さんの生い立ちみたいなものも内容には含まれていましたが、どちらかというとカメラの構造についての解説など、それも最先端技術ではなくカメラが生まれた時の話。結果的にこの美術館の中で一番興味深い展示でした。

上の写真は上映終了直後を写したもの。ほとんどのお客さんは退室してしまいましたが残った2名のお客さんは正面のスクリーンには目もくれず室内の後ろの壁を眺めています。そして壁の遥か上の方には何やら丸い穴が開いています。これは実は世界一大きなレンズで、重さは600kg以上もあるそうです。さていったいそんなレンズがなぜ必要なのか?

同じ部屋の後ろの壁がコレ。残ったお客さんがくぎ付けになっていたのはこの光景です。壁の上半分には少し不鮮明な景色が逆さまに映っている...。そう、これは映像ではなく紛れもなく先ほどの巨大レンズから入ってきた光でありライブな外の景色。運良く白い車が走り抜けて行きました。

つまりこの部屋は巨大なカメラの内部というわけです!  世界一大きなカメラ。

カメラオブスキュラといって暗い部屋の壁に小さな穴を通して外の景色が映しだされる原理はカメラの原型。植田正治さんがこの場所にこの巨大な建物を建てた理由はここにもあったのですね。天気が良ければこの壁には大山が映し出されるよう、建物をこの場所に建てこの形にする必要があった。そしてここへ足を運んだ人は小人のようにカメラ内部に入り込みその原理を理解し学ぶことが出来る。

写真を撮る行為は現代においては箸を持つより簡単になりました。その原理など知らなくても電気仕掛けのカメラが上手い具合に落としどころを見つけてそれらしい画を残してくれる。でもそこにワクワクがあるかというと話は少し違ってきます。

CGのアニメキャラクターは確かに洗練されているし万人受けするデザインだって作りやすいかもしれないけれど、初めて万華鏡を覗いた時みたいな感動はない。万華鏡に映し出される柄はその時を逃したら二度と再現される事はなく、だからキラキラした瞬間を人と共有したくなる「ほら覗いてごらん今すごく綺麗だから」って。

再現性のない出来事は人の目には美化され時に期待さえ生まれる。

写真がそれに近い存在であることを植田正治さんの名が残るこの写真美術館は訴えている気がしました。全てを見終わった時、ここには写真の全てがある事を理解しました。カメラの構造を理解し、撮るための工夫をし、人の作品から学ぶ。東京から飛行機に乗って訪れる価値は十分にあります。

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