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CP+でプラスと感じた事 2019(8)

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All Photo by inos

長々とお届けしているCP+報告ですが、今年会場で一番感心した展示は今日ご紹介するキャノンブースの ”Crystal-fidelity” でした。本日は少々マニアックな内容となります事ご了承くださいませ。毎日マニアックという突っ込みは無しで...。

キャノンがCrystal-fidelityと呼んでいるコレは簡単に言うとペーパープリントのHDR版ですね。HDRと言ってもこれまでの写真のHDR(スマホとかに搭載されているアレ)ではなく、動画のHDRに近い事をペーパープリントで実現しようという新たなる試み。

これを語るにはまず動画のHDRを理解しないといけないので簡単に説明すると、動画というのはテレビやディスプレイといった表示デバイスで見る事が前提であり、それらのハードウェアの実力値、性能以上の表現というのは物理的に不可能で、分かりやすい能力の一つに明るさがあります。これまでの地上波テレビ放送などはその明るさの上限が100nitという基準で決められています。

しかし4K放送と共に俄かに注目されているのがHigh Dynamic Range (HDR)なる技術で、これは4Kという高解像度技術とは分けて考えるべき ”輝度” に特化した新たな規格であり、これまでの100nitという明るさを遥かに超える最大10,000nitまでが制定されています。

つまりテレビやディスプレイがこれまでの放送規格比最大100倍の明るさまでを表現する前提で規格化されたもので、実際のところはそこまでの輝度を実現するテレビやディスプレイは実在しませんから、現実的な1,000nit基準で作られる映像コンテンツというのが近年のスタンダードになりつつあります。それでもこれまでの10倍ですね。これは画面全体が明るくなるという意味ではなく、これまでの技術では表現しきれなかった高輝度部がよりリアルに表示出来るようになったという意味です。

写真のHDRは段階露出で撮影した複数枚の写真から適正露出部分を合成した結果を従来のディスプレイに表示させるのに対し、動画のHDRは表示ディスプレイそのものがこれまでのものより明るくなっているという事です。

さてここからが今日の本題。

写真の世界、ことプリントの領域に関していえばこれまでHDRとは無縁だったわけです。なぜならプリントは反射光を前提とした媒体であり、自発光ではありませんから輝度を上げようにも上げられない...。それはそれでしっとりとしたプリントで写真の原点とも言えて良いのですけどね。無理くり挑戦するならスマホのHDRをプリントするくらいのもの。でもそれって輝度が上がった事にはならないからむしろ不自然な仕上がり(やりようによってはアーティスティックな仕上がり)になります。

ただこのままではペーパープリントだけが時代に取り残されていくようにも思え、キャノンさんはうまい事その救済処置を考えたというわけです。ペーパープリントに輝度が必要であればそれを照らす照明の輝度を上げればいいじゃないか! 高輝度でライティングしてあげればプリントだってHDRっぽく見えるでしょ! というのが今回の展示。

でも言うとやるのとでは大違いで、単純に高輝度な照明を当ててしまうとプリントも黒浮きしてきますしミッドトーンの見栄えも変わります。つまり全体がただ明るいだけの写真になってしまう。そこでCrystal-fidelityなるワークフローでは、実際の展示照明に合わせた輝度・ガンマ変換を行い、照明装置に最適化したプリントを行う事で見た目の印象をディスプレイで見るHDRに近づけています。これにより照明装置の輝度次第では動画のHDRに引けを取らない表現が可能になっています。

上の写真に並ぶ2つの画像は左側が動画のHDR技術を使いディスプレイに表示させたコンテンツ。右側が紙プリントに高輝度照明を当てたコンテンツ。ぱっと見かなり良いところ来ていると思いませんか? 片方は発光体、片方は照明で照らしているだけですけど目指す表現は出来ていますよね。

実際の輝度についてスタッフに伺ったところ450nitくらいだと言っていましたので少なくともそれくらいの輝度であれば遜色なくペーパープリントでもHDRが表現できることになります。というかプリントの方は4Kディスプレイより遥かに高解像度なので実際はディスプレイ以上に綺麗に見えます。

ワークフロー的には最終アウトプットをプリントのHDRと想定した場合、グレーディング作業は当然HDRディスプレイで行う必要がありますから、そのためにガンマカーブにはPQ、色域はBT.2020を用いて、プリント作業の時はそこからプリンターに最適化した独自のガンマ変換、色域はプリンターネイティブで行っているという事ですね。なかなか面白い事を考えたものです。

この技術は展示環境のライティングが直接作用するため用途は限定的ですが、それでも今の技術で出来る最大限のプリントの未来を見た気がしました。視野角やプリントサイズに対する費用対効果、そして高解像度化の観点ではむしろディスプレイに勝るポイントかと思います。

この技術を使ってプリントされたい作品の写真展は銀座と品川キャノンギャラリーにて予告なく開催されているようです。HDRプリントの告知でもしてくれれば直ぐに見に行ってみたいんですけどね。キャノンさん、この技術はもっとアピールすべき未来だと思います。

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