月別アーカイブ: 2017年5月

魅力の秘密

Posted on 2017/05/31

昨日が5月30日で ”ゴミゼロ” の日なら、今日は5月31日で ”ゴミいっぱい” の日なんて子供の頃は笑ったりしました。

さて、楽器屋やオーディオショップでなくとも見かける事の多い近年の Marshall 製品。昔は根っからのギターファンが憧れるアンプメーカーというイメージが強かったですが最近では街を歩く女の子が Marshall 製ヘッドホンをしていたりしますね。

bluetoothスピーカーのこのシリーズは Marshall を知らない人でも「おっかっこいい」と思うのではないでしょうか。写真では伝わりにくいですが実物はソフトなレザーボディの仕上りの良さがなんとも所有欲をソソリマス。本物の皮ではないと思いますけどね。

昔と違って音楽の楽しみ方はHi-Fiオーディオを揃える事ではなく、生活に自然に溶け込むかどうかという方向に変わってきている気がします。勿論クオリティを追及する人は今も昔も目指すところは変わらないでしょうが、身近に ”音楽のある生活” を考えると ”装置” は目立ちすぎず、気を使う事なく操作でき、出来ればインテリアの一部として収まりの良いものが好まれるのかなと。毎日持ち歩くスマートフォンには圧縮音源を入れるのが普通ですし、便利ではあるもののbluetoothは音質劣化を間逃れないと言われていても尚こういう製品が注目されるのですからそういう事なんだと思います。

私もこれが似合う置き場所さえあれば一つ欲しいと思っていますし...。

人の記憶

Posted on 2017/05/30

昨日だったか一昨日だったかそれさえも定かではありません。夢というのは覚めると同時に記憶から消えていくように出来ているようです。ただ今でも鮮明に覚えているのは、私が実家のトイレに行くシーンだったという事。時刻は初夏の夕暮れっぽく生暖かい空気で、トイレに行く扉を開けながら静まり返った部屋を見て、もうその家に両親がいない事に気付きました。記憶に残ったのはその悲しい部分だけ。デジャヴになって欲しくはありませんがいつか私が経験する瞬間なんだろうと冷静に目を覚ましました。

記憶というのはとかく美化されつつ残っていくようなところがあります。楽しい事や美しい事や嬉しい事は当然ですが、それが辛い事や悲しい事であったとしても時間経過と共にソフトになっていくのならある種それは美化されていると言って良い気がします。逆に未来を想像する事や今現在を実感するというのはその時の環境や感情によって感じ方は様々です。それは美化されるに留まらず時に辛さや怒りが膨らんでしまう事もあります。中でも ”驚き” という反応はその瞬間でしか成り立たない特殊な感情かもしれません。

多感な幼少期の ”驚き” という経験は大人になってからもその人の貴重な財産になるような気がします。

ガラスに目がない

Posted on 2017/05/29

先日丸ビルのCONRANショップへ行ってきました。CONRANショップは何処の店舗も実にお洒落で洗練された展示が特徴ですが、中でも丸の内店は品揃えも豊富で見ごたえがあり好きなショップです。

インテリア用品を7割くらいの気持ちで目を通し余力でガラス製品を見てくるのですが、今回もなかなか美しい製品を見つけてしまいました。ICHENDORFというメーカーのモノのようで、写真撮影を許可してくれた店員さんは「このメーカー名読み方がわかりませんね」と笑いながら正直に話してくれたのが印象的。「イッケンドルフ」が正解のようです。ピアノのベーゼンドルファーみたいですね。

近年流行の多色ガラスで、この手の製品は後から配色するのではなく独立した各色のガラスを繋ぎ合わせて一つの容器を生成しており、滑らかな繋ぎが実現できればとても美しいマルチカラーとなるのが特徴ですね。近年ではデザインフェスタなどに出店する個人作家さんもこのような製法を取り入れていますがここまでの完成度の物はなかなかお目に掛かれません。各色を繋ぎ合わせるためにはガラスがもっと厚くなってしまうみたいなんですよね。

個人的にはウォーターピッチャーって必要ないのでこれの使い道はないのですが、同じ製法でもっと小さな容器が出てくればインテリアの一部として何かしら活用できそうな気がします。ただこれだけ淡いピンクだったりしますから中に入れるものは無彩色が適当でしょうし、テーブルも白っぽくないと栄えませんかね。そういう意味でウォーターピッチャーというポジションは良く考えられていると思います。

緑の中を走る

Posted on 2017/05/28

例年であれば今日は用賀のNHK技研へお邪魔して最新の映像技術について視察してくるのですが、ここ1,2年は毎日新しい技術と向き合っているので週末くらいはゆっくりしても良いんじゃないかと...今年はお休みにしました。

トレンクルに乗って近所の公園までポタリング。こんな時はさすがにα7RIIが重く大きく感じますが、それを持っていくだけでいつもと景色が違って見えるなら大いに価値があるというものです。

ポピーという花に特別な思い入れがあるわけではありません。しかし桜が終わり野山の緑が徐々にその濃さを増す頃になると、誰に注目されるわけでもなくただひっそりといつの間にか花を咲かせている、そんな印象があり私は好きです。今日も一面の緑に赤の差し色、この2色が栄えないはずがありませんね。クリスマスカラーなのになぜか春の印象。

目立たない存在という意味ではクローバーも立派な立ち位置です。下手をすると雑草のように見られがちなクローバーですが、丸い葉の可愛らしさとか丁度良い背丈とか、時期が来れば沢山の白い花を咲かせ、花輪を作ったり四つ葉を探したりと決して嫌われる事のない植物。一度根付いてしまうと広がりすぎて困るという性質はあるようですが...。

私も数年前マンションの前の植木スペースにクローバーの種を蒔いたのですが、大きく成長した記憶もなく絶滅してしまいました。石がごろごろしているような条件だったのでダメだったんですかね。

穏やかだった丸の内

Posted on 2017/05/27

今日の丸の内はとても穏やかでゆっくりした感じがしました。うっすら霞んだ空のおかげで直射日光が柔らかな光となり暑すぎなかったのが良かったんだと思います。子供が弧を描くように成長していく感じが写真に撮れました。

東京駅周辺で噴水が有名と言えばここ和田倉噴水公園だと思いますが、私がカメラを持ってこの公園を訪れると必ず何かヘマをすると昔から決まっていて、フィルム時代ならこの公園でフィルムが終わるとか、デジカメならここでバッテリーが切れるとか。もう2,3回そんな経験をしているので今日はバッチリ満充電の予備バッテリーと大容量のSDカードを持って行ったのですが、なかなかそういったジンクスというのは崩せないようで、案の定マウントアダプターを忘れてしまい、重たいNikonのレンズを持っていったのにアダプターが無い為に装着できず終始フォクトレンダーの40mmで撮る事になりました。レンズ交換の出来ないカメラと割り切れば何てことありませんが、どうにもこの場所に見放されている感じは払拭出来ませんね...。

大安でもないのにウエディングドレス姿のカップルを目にしました。ブランドショップが並ぶ丸の内仲通りでこれはなかなかの注目っぷり。歩行者が次々とスマートフォンで写真を撮っていくのは自然な流れ。なんだか幸せを分けてもらえたような気になりますからね。

芸術の基本を考え直す

Posted on 2017/05/26

私も若い頃は、新宿や渋谷を歩けば綺麗なものにも汚いものにもカメラを向け、自分が感じたままの写真を残していましたが、近年は徐々に汚いものは撮らなくなってきた気がします。

それが良い傾向だとは思っていないのですが、あえて汚いものを写真に残す必要もないのかな?と感じていて、少なくとも意味もなく街のゴミ箱や汚れた自動販売機を撮る事は減ったのは事実です。

自分を取り巻く環境や時代、技術の進化という理由もあるかもしれません。昔なら毎日カメラを持ち歩く人など余程写真好きな人でなければあり得なかったですし、他人が見たらそこに価値を見いだせないような写真にもプリントして目に見える形にするにはお金が掛かったわけですから「撮る」事に覚悟が必要でした。しかし現代はスマートフォンがある限り誰もがカメラを持ち歩いているわけですし無限に近い写真がタダで撮れるわけですから、「覚悟」より「活用方法」を考える方が世間の評価に繋がりやすい気がします。

また、スマートフォンではなくあえてカメラを持ち歩くからにはそれなりの結果を残さなくてはいけないというプレッシャーもあってか、世の中的には解像度だとか暗所耐性だとか「撮る事」よりも「性能を語る事」が増えたようにも感じます。

先日千葉の棚田を撮影した写真をSNSに投稿したら思いのほか評判が良くて驚きました。その前の星の写真も同様ですが、一般的には ”綺麗に撮れている写真” が評価されるのは当たり前。でも撮り手の立場からすると、仮に世の中で ”最高” と言われるような美しい写真が撮れたとしても、絵はがきみたいな写真なら自分ではなくても同じような写真は撮れるような気がして「いいね」を貰える事に違和感があります。同じ場所に行って同じようなカメラを同じような設定で使い、お手本の写真をまねたアングルを選べばそれなりに撮れてしまい、後処理の難しさがあるとしても最近ではフィルター1つでアーティスティックな写真に仕上がったりしますから、もしかするとお手本の写真よりもドラマチックな作品が出来るかもしれません。それらの使いこなしもテクニックの一つだと言ってくれる人もいますが、今後益々技術が進めばカメラ設定や後処理も人がやるより機械の方が得意になるかもしれません。それはまるでドローンの進化みたいに。

私はこう思うのです。多くの人が ”良い” と思う結果なら自動化が出来るのではないかと。良いと感じる共通点があるから沢山の評価を得るわけで、統計的にそれをアルゴリズムに加えれば人じゃなくても出来てしまうのだろうなと。

だとしたら人として写真を撮るという事はどういう事なのか。思うにそれは作り手が完成させたものを提供する事ではなく、見た人が自分なりのストーリーを作れるような作品作りなのかなと考えます。答えは画の中にあるのではなく見た人の心で作り上げるものだと。見る人の価値は十人十色だからロボットには出来ない事。作り手というのは見る人に広がりを与える事、そのきっかけを作る事が一番の役割なんだと思います。

音楽だって同じですね。やみくもに自分の感情を訴えかけるような歌詞やメロディを並べるより、聴いた人が自分の置かれた環境に上手く重なるような曲の方が絶対に響く。辛い時にその曲を聴くと元気が出るとか、昔の誰かを思い出すとか、リズミカルに仕事が進むとか。決して「皆が良い曲だ」というから自分にも良い曲に聞こえるわけじゃない。今流行しているから自分にとって良い曲になるわけじゃない。

芸術というのは自分が感じた事を人に伝えるという根本的な役割があるように思います。人には些細な事でも自分にとってそれが大きな刺激であったなら自分なりの工夫でデフォルメして、気付かなかった多くの人にもその良さを伝えよう...それが芸術。有難い事ではあるのですが「いいね」を沢山貰うほど違和感を感じるのは、芸術の基本が逆転してしまうからでしょうか。「いいね」を期待したモノづくりになってしまったり、沢山のアクセス数が欲しくて派手な事をしたり。ゴミ箱を撮っていたあの頃をいったい何人が「いいね」してくれるでしょうか。

見栄をはらない事の美しさ

Posted on 2017/05/25

先日丸の内のショップでちょっとしたショーウィンドウの中に可愛らしいガラスの一輪挿しが展示販売されていました。単なるガラスの一輪挿しなら世の中に沢山ありますがここで目を引いたのは2色ガラスのコンビネーション。

2種類のビンを上下2分割にカットして色や形状の異なるビン同士を組み合わせる事でさまざまなデザインが生み出せるのですね。更にそこにリューターか何かで模様を加える事でオリジナリティを出していました。キタムラマサコさんという方の作品だそうです。

DIY好きで自分で作ってみたい人ならアロマオイルやアルコールのビンを切断するだけで案外簡単に作れてしまいそうな気がしますが、簡単に!なんて言ったら怒られてしまうかもしれませんね。恐らくガラス用ノコギリでいかに綺麗にカットするかがポイントなんでしょう。仕上げはガラス用砥石みたいなもので研磨するにしても切断時に周囲に傷をつけてしまったりしたら消せませんから貴重なビンだったりすると一発勝負という事になります。

考えていたらなんだか挑戦してみたくなってしまいましたが、万力必須ですかね。木製治具なども作ればカット面の水平出しなども正確に出来そうです。

こんなふうに日常的に馴染みのある素材を工夫するだけで、頑張りすぎない美しさが感じられますね。

雲台は別途検討中

Posted on 2017/05/24

カメラ用三脚を新調することにしました。これまで愛用してきたSLIK EXCELLA 4というアルミ三脚はかれこれ24年前の骨董品。学生時代になけなしのお金で横浜ビックカメラで購入したのを覚えています。センターポールをいっぱいまで伸ばしても全伸長が1350mm程度と少し小さめでしたが、サイズのわりにはパイプ径も太く安定していたのでこれまで使い続けてきました。

しかし先日天体撮影に出かける際気付いたトラブル。ロックレバーのプラスチックパーツが割れてしまって固定できない...。三脚って一度買ったら一生ものくらいに考えていたのでまさか壊れるなんて事があるとは考えてもいませんでした。ただでさえ1350mmしかない高さが更に1段分低くなりいよいよ1メートルの三脚になってしまいます。常に中腰で撮影って流石に辛いですね。接着剤などを工夫して固定してみましたがロックレバーは力が集中する箇所なのでロックしたのと同時に傷口が開いてしまう...。それなら修理に出そう!という事でメーカーに問い合わせたところ、販売完了からすでに17年が経過しており交換パーツが無いとの事。ちょっと寂しさを感じました。学生時代からずっと愛用してきた三脚だったのでいろんな思い出が詰まっていましたからね。

残念な気持ち半分、急遽新しい三脚を購入する事になり浮かれる気持ち半分で各メーカーを見繕った結果、ヨーロッパ方面の高級三脚に憧れはあるもののお値段がお値段ですし、多少見劣りはするものの機能性では負けていない中国製も結構立派だったりして、結論その中国製をネット通販でアメリカから取り寄せるという力技。BENROというメーカーはカメラファンなら聞いた事があるかもしれませんが、日本国内は最近になって輸入代理店が無くなってしまい今後は購入が出来なくなるとの事、大手量販店の店頭からも次々と姿を消しています。したがってお目当てのモデルを購入するなら海外通販しかなくなってしまったというわけ。

まあ理由はどうあれ、GITZOの1/4程度の価格で購入できるのでこの際安心して使える三脚を奢ろうと。多分船便で半月ほど掛けやってきますから気の長い話ですね。eBayのトラッキングサービスを利用してみたところ現在ニューヨークで自由の女神の下あたりを移動中。

千葉のこんなところが好き

Posted on 2017/05/23

振り返れば社会人になってから何度か千葉をドライブしたことはあったのですが、海よりも山沿いを走るとこのようなローカル列車の線路を見る事があります。東京の線路のようにごちゃごちゃしておらずすっきり見えるのは給電用の電線を必要としないディーゼル列車の線路だからですね。

帰宅後に調べてみたら小湊鉄道線と呼ぶそうで、多くても3両編成、少ないときは1両で走っているようです。それがどれくらいの頻度なのか分かりませんが残念ながらこの日その姿を見る事は出来ませんでした。

千葉は土地も広いですし海があったり山があったりで変化に富んでいますからこうした路線をゆっくりディーゼル列車で旅したらとても楽しそうです。脇道にMINIを停め写真を撮っていたら道行く車から皆に「何撮っているんだろう?」みたいな感じでジロジロ見られましたが、分かってもらえませんかねこの解放感。

思いつきで千葉観光(2)

Posted on 2017/05/21

今日の東京は30℃越えと暑くなりました。それでも湿度は随分低かったみたいで気持ちの良い暑さ。こんな夏が続くなら日本も快適ですが梅雨に入ればまたジメジメしますね。ブログは引き続き昨日の千葉観光について。

日が高くなるまで大山千枚田で過ごした後は山から海へと場所を移すことにしました。この日のもう一つの目的はここ勝浦海中展望塔。そう、海中展望塔と言えば沖縄観光のソレ。あの時海中を覗くという楽しさを覚えてからせっかく千葉に行くならここも見ておきたいと思っていました。私の周囲で「行ったことある!」という話は聞いたことありませんがあまり有名ではないのでしょうか?

海中展望塔へ続く橋を進むと途中このような人工的に掘られた四角い穴があちこちに現れました。説明によるとこれは昔イワシやエビ漁のイケスとして使われていたのだとか。なんだかちょっと不気味な感じがしました。ここで撮ったのが唯一のセルフポートレート、わかりますかね。

   

沖縄のソレと比べるとこちらの展望塔は直径が少し大きめに見えます。水深も沖縄が確か5メートルだったと記憶していますがこちらは8メートル。ちょうど水面から海上展望室までが8メートルだそうですから、それと同じだけ水深に埋まっているということですね。

ただこの日はお客さんの数がかなり疎ら。実はチケット売り場で聞いたのですが「本日は水の透明度が低く視界不良であまり魚は見えません」との事でした。その代わり通常価格960円の入場料が1/3の320円へと割引になっていますとも。価格はさておき状況に関わらず行くでしょ!というのが私の決断。だってこのために来たのですから。

で実際に展望塔に入ってみると中はガラガラ。代わる代わる一組の家族がいるくらいで殆ど貸切状態。

 

最初に窓から海中を見た瞬間は唖然としました。見えないとは聞いていましたが本当に何も見えない! 水の透明度50cmといったところでしょうか。海底など全く見えず5cmくらいの熱帯魚みたいな魚が窓に張りつくように泳いでいるのみ。ん〜これだと水族館どころかペットショップのほうがまだしっかりした魚が見れるんじゃないかと思うくらい。

それでも根気よく窓側で待っていると運良く近づいてきた魚がパッときてパッと見えなくなる感じでは楽しめました。ちょっと気持ち悪かったですがこのクネクネ感はウツボだよね? とか海のアイドル ハコフグとか。何度見てもハコフグは泳ぐのに適さない体型ですよね。他の魚と違って体は動きませんからヒレだけ高速に動かす姿が可愛い。

前日の天気や風の影響が大きいのでしょうけれど、水の透明度の高い日にはサメなども見られるそうですからまた機会があれば来たいですね。週末なのに人が少なくてゆっくりできますし、波打ち際では子供達が生き物を探したりできる感じがGood。